脱植民地化と冷戦の終結・グローバル化 ── 問題
基礎
- 次の出来事が起こった年はどれですか。 インド・パキスタンの分離独立 (ア 1960 年 イ 1954 年 ウ 1947 年 エ 1948 年)
- 次の人物と関係が深い出来事はどれですか。 スカルノ (ア ベトナム民主共和国の建国・インドシナ戦争とベトナム戦争の指導 イ ガーナの独立(1957、サハラ以南アフリカ最初) ウ インドネシアの独立宣言(1945) エ エジプト革命・スエズ運河国有化(1956)・非同盟運動)
- 1955 年のバンドン会議や 1961 年の非同盟諸国首脳会議に代表される、米ソどちらの陣営にも属さない新興独立国のまとまりを何といいますか。 (ア 枢軸国 イ 西側陣営 ウ 東側陣営 エ 第三世界(非同盟諸国))
- 1989 年に日本で起こった出来事として正しいものはどれですか。 (ア バブル崩壊と山一證券の破綻 イ 沖縄返還 ウ 東日本大震災 エ 昭和天皇の死去と平成への改元、消費税 3% の導入、日経平均株価の史上最高値)
標準
- 脱植民地化と中東問題について、1993 年のオスロ合意の内容はどれですか。 (ア イスラエルとエジプトの和平 イ イスラエルの解体 ウ パレスチナの完全独立 エ イスラエル(ラビン)と PLO(アラファト)がパレスチナの暫定自治に合意した)
- 石油危機後の日本経済と世界経済について、ドル=ショックから変動相場制への移行で、円はどうなりましたか。 (ア 1 ドル = 360 円の固定相場から 308 円、さらに変動相場制(1973)で長期的に円高が進んだ イ 円が廃止された ウ 円安が進んだ エ 1 ドル = 360 円が維持された)
- 冷戦の終結とグローバル化について、1993 年の日本の政治の変化はどれですか。 (ア 自民党が憲法を改正した イ 軍部が政権を握った ウ 自民党が分裂して総選挙で過半数を失い、細川護熙の非自民連立内閣が成立して 55 年体制が終わった エ 社会党が単独で政権をとった)
- 1986 年のチェルノブイリ原発事故がソ連に与えた影響として適切なものはどれですか。 (ア 影響はなかった イ ソ連の原子力発電が増えた ウ 事故の隠蔽が批判され、ゴルバチョフのグラスノスチ(情報公開)を加速させる一因になった エ ソ連がアメリカと同盟した)
- アジア NIEs(韓国・台湾・香港・シンガポール)が 1970〜80 年代に急成長した要因として適切なものはどれですか。 (ア 社会主義計画経済 イ 輸出志向の工業化を政府が強力に進めた(開発独裁)ことと、安い労働力・外資の導入 ウ 農業中心の自給自足 エ 豊かな石油資源)
発展
- 次の出来事を古い順に並べたものはどれですか。 ドル=ショック/変動相場制/第 1 次石油危機/第 2 次石油危機/プラザ合意/バブル崩壊 (ア ドル=ショック → 変動相場制 → 第 1 次石油危機 → 第 2 次石油危機 → プラザ合意 → バブル崩壊 イ ドル=ショック → 第 1 次石油危機 → 変動相場制 → プラザ合意 → 第 2 次石油危機 → バブル崩壊 ウ 第 1 次石油危機 → ドル=ショック → 変動相場制 → プラザ合意 → 第 2 次石油危機 → バブル崩壊 エ バブル崩壊 → プラザ合意 → 第 2 次石油危機 → 第 1 次石油危機 → 変動相場制 → ドル=ショック)
- 1970 年代の 2 度の石油危機が「先進国の経済と国際関係を変えた」といえる理由として適切なものはどれですか。 (ア 中東が植民地に戻ったから イ 高度成長が終わりスタグフレーションが広がって新自由主義への転換を促し、先進国はサミットで協調し、産油国の発言力が高まって資源ナショナリズムが強まったから ウ 石油が不要になったから エ 先進国が一斉に社会主義になったから)
- 冷戦終結後に民族紛争が多発した理由として適切なものはどれですか。 (ア すべての国が民主化したから イ 冷戦中は民族がいなかったから ウ 米ソの対立で抑えられていた民族・宗教の対立が、ソ連・ユーゴスラヴィアの解体や大国の関与の後退で表面化したから エ 国連が解散したから)
脱植民地化と冷戦の終結・グローバル化 ── 解答
基礎
- ウ 1947 年 答え:1947 年。
- ウ インドネシアの独立宣言(1945) 答え:インドネシアの独立宣言(1945)。
- エ 第三世界(非同盟諸国) ネルー(インド)・ナセル(エジプト)・ティトー(ユーゴ)・スカルノ(インドネシア)らが指導した。
- エ 昭和天皇の死去と平成への改元、消費税 3% の導入、日経平均株価の史上最高値 世界ではベルリンの壁崩壊・天安門事件・マルタ会談の年。
標準
- エ イスラエル(ラビン)と PLO(アラファト)がパレスチナの暫定自治に合意した 答え:イスラエル(ラビン)と PLO(アラファト)がパレスチナの暫定自治に合意した。
- ア 1 ドル = 360 円の固定相場から 308 円、さらに変動相場制(1973)で長期的に円高が進んだ 答え:1 ドル = 360 円の固定相場から 308 円、さらに変動相場制(1973)で長期的に円高が進んだ。
- ウ 自民党が分裂して総選挙で過半数を失い、細川護熙の非自民連立内閣が成立して 55 年体制が終わった 答え:自民党が分裂して総選挙で過半数を失い、細川護熙の非自民連立内閣が成立して 55 年体制が終わった。
- ウ 事故の隠蔽が批判され、ゴルバチョフのグラスノスチ(情報公開)を加速させる一因になった 2011 年の福島第一原発事故と並んで最悪レベル(レベル 7)の事故。
- イ 輸出志向の工業化を政府が強力に進めた(開発独裁)ことと、安い労働力・外資の導入 韓国は 1987 年、台湾も 1980 年代末に民主化し、経済成長と民主化の関係が論じられる。
発展
- ア ドル=ショック → 変動相場制 → 第 1 次石油危機 → 第 2 次石油危機 → プラザ合意 → バブル崩壊 答え:ドル=ショック → 変動相場制 → 第 1 次石油危機 → 第 2 次石油危機 → プラザ合意 → バブル崩壊。1971 → 1973.2 → 1973.10 → 1979 → 1985 → 1991/1985 → 1989.11 → 1989.12 → 1990.10 → 1991.12/1947 → 1960 → 1975 → 1978 → 1989/1948 → 1956 → 1967 → 1973 → 1979 → 1993。
- イ 高度成長が終わりスタグフレーションが広がって新自由主義への転換を促し、先進国はサミットで協調し、産油国の発言力が高まって資源ナショナリズムが強まったから 日本は省エネ技術で危機を乗り越え、1980 年代に「経済大国」とよばれるようになった。
- ウ 米ソの対立で抑えられていた民族・宗教の対立が、ソ連・ユーゴスラヴィアの解体や大国の関与の後退で表面化したから ユーゴ内戦(ボスニア・コソボ)、ルワンダ内戦、チェチェン紛争など。gt-07 の民族問題とつながる。
受験のしらべ / https://juken-shirabe.pages.dev/daigaku/social/ht-11/test/ / 問題は毎回の表示で数が変わります。印刷したものはその一例です。
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