戦後の日本と現代 ── 問題
基礎
- GHQ による戦後改革のうち、労働三法の内容として正しいものはどれですか。 (ア 労働組合法・労働関係調整法・労働基準法を制定した イ 政府が地主の土地を強制的に買い上げ、小作人に安く売り渡して自作農を増やした ウ 満 20 歳以上のすべての男女に選挙権を認めた エ 三井・三菱などの大企業グループを解体し、独占禁止法を定めた)
- 1956年の出来事はどれですか。 (ア 東京オリンピック・東海道新幹線開業 イ 日ソ共同宣言・国際連合への加盟 ウ 朝鮮戦争が始まる(警察予備隊の設置) エ サンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約)
- 戦後の日本を占領した連合国軍最高司令官総司令部の略称と最高司令官はどれですか。 (ア GHQ・マッカーサー イ GHQ・ルーズベルト ウ PKO・マッカーサー エ NATO・トルーマン)
- 農地改革の目的と結果として正しいものはどれですか。 (ア 寄生地主制をなくし、自作農を増やして農村を民主化した イ 地主の土地を増やした ウ 農民を都市へ移住させた エ 農地を国有化した)
- 冷戦について正しいものはどれですか。 (ア アメリカを中心とする資本主義陣営とソ連を中心とする社会主義陣営が、直接戦争はせずに対立した イ アメリカとソ連が直接戦争をした ウ 日本とアメリカが対立した エ イギリスとフランスが植民地を争った)
- 高度経済成長期の「三種の神器」の組み合わせはどれですか。 (ア 白黒テレビ・電気洗濯機・電気冷蔵庫 イ カー・カラーテレビ・クーラー ウ パソコン・携帯電話・インターネット エ ラジオ・ミシン・自転車)
標準
- サンフランシスコ平和条約(1951)について正しいものはどれですか。 (ア 吉田茂が 48 か国と調印して翌年独立を回復。ソ連は調印せず、中国は招かれなかった。同時に日米安全保障条約を結んだ イ 特需で日本経済が復興し、GHQ の指示で警察予備隊がつくられた ウ 鳩山一郎がソ連と国交を回復。これによりソ連の反対がなくなり、同年に国際連合へ加盟した エ 第四次中東戦争をきっかけに原油価格が急上昇し、戦後初のマイナス成長となって高度経済成長が終わった)
- 次の出来事を古い順に並べたとき、5 番目(最も新しい)になるものはどれですか。【日本国憲法の施行/朝鮮戦争の開始/国際連合への加盟/東京オリンピック/石油危機】 (ア 国際連合への加盟 イ 日本国憲法の施行 ウ 石油危機 エ 朝鮮戦争の開始)
- 朝鮮戦争が日本に与えた影響として正しいものはどれですか。 (ア アメリカ軍の物資の注文(特需)で経済が復興し、警察予備隊がつくられた イ 日本が参戦して多くの兵士が戦死した ウ 日本の独立が遅れた エ 日本が朝鮮を再び支配した)
- 日本が国際連合に加盟できたのが 1956 年になった理由はどれですか。 (ア 日ソ共同宣言でソ連と国交が回復し、ソ連が拒否権を使わなくなったから イ 日本が戦争を放棄したから ウ アメリカが反対していたから エ 国連がまだ発足していなかったから)
- 高度経済成長期に深刻化した社会問題はどれですか。 (ア 四大公害病などの公害問題、農村の過疎と都市の過密 イ 農地が不足して食糧難になった ウ 失業者が急増した エ 物価が下がり続けた)
- 1972 年に田中角栄内閣が中国と国交を正常化した文書と、1978 年に結ばれた条約の組み合わせはどれですか。 (ア 日中共同声明 ── 日中平和友好条約 イ 日中平和友好条約 ── 日中共同声明 ウ 日華平和条約 ── 日中共同声明 エ 日韓基本条約 ── 日中平和友好条約)
- 1989 年に起こった、冷戦の終わりを象徴する出来事はどれですか。 (ア ベルリンの壁の崩壊 イ ソ連の解体 ウ 湾岸戦争 エ 朝鮮戦争の休戦)
発展
- 1992 年に制定され、自衛隊が初めてカンボジアに派遣される根拠となった法律はどれですか。 (ア PKO 協力法 イ 安全保障関連法 ウ 国家総動員法 エ 日米安全保障条約)
- 1991 年ごろに崩壊し、その後「失われた 10 年」と呼ばれる長い不況の原因となった経済の状態を何といいますか。 (ア バブル経済 イ 高度経済成長 ウ 特需景気 エ 大戦景気)
戦後の日本と現代 ── 解答
基礎
- ア 労働組合法・労働関係調整法・労働基準法を制定した 非軍事化と民主化。経済(農地改革・財閥解体)、政治(選挙法・憲法)、社会(教育基本法・労働三法)。
- イ 日ソ共同宣言・国際連合への加盟 1950 朝鮮戦争 → 1951 平和条約 → 1956 国連 → 1960 安保改定 → 1964 五輪 → 1965 日韓 → 1972 沖縄・日中 → 1973 石油危機 → 1978 日中平和友好 → 1989 冷戦終結 → 1991 ソ連解体 → 1995 阪神 → 2011 東日本。
- ア GHQ・マッカーサー 日本政府を通じた間接統治。非軍事化と民主化を進めた。
- ア 寄生地主制をなくし、自作農を増やして農村を民主化した 小作地の割合が約半分から 1 割ほどに減った。農民の保守化にもつながった。
- ア アメリカを中心とする資本主義陣営とソ連を中心とする社会主義陣営が、直接戦争はせずに対立した NATO vs ワルシャワ条約機構。ドイツ・朝鮮の分断、ベルリンの壁。1989 年に終結。
- ア 白黒テレビ・電気洗濯機・電気冷蔵庫 1950 年代後半〜。1960 年代後半からは 3C(カー・カラーテレビ・クーラー)。
標準
- ア 吉田茂が 48 か国と調印して翌年独立を回復。ソ連は調印せず、中国は招かれなかった。同時に日米安全保障条約を結んだ 戦後史の柱。独立(1951)→ 国連(1956)、朝鮮戦争と自衛隊の起源、石油危機で成長終了、沖縄返還と基地問題。
- ウ 石油危機 1947 憲法施行 → 1950 朝鮮戦争 → 1951 平和条約 → 1956 国連加盟 → 1964 五輪 → 1973 石油危機。
- ア アメリカ軍の物資の注文(特需)で経済が復興し、警察予備隊がつくられた アメリカの対日政策が民主化から「反共の防波堤」へ転換。警察予備隊 → 保安隊 → 自衛隊(1954)。
- ア 日ソ共同宣言でソ連と国交が回復し、ソ連が拒否権を使わなくなったから サンフランシスコ平和条約にソ連が調印しなかったため、加盟申請に拒否権を使われていた。
- ア 四大公害病などの公害問題、農村の過疎と都市の過密 1967 年公害対策基本法、1971 年環境庁。集団就職で都市へ人口が集中。
- ア 日中共同声明 ── 日中平和友好条約 共同声明で台湾(中華民国)とは断交。日韓基本条約は 1965 年(佐藤栄作)。
- ア ベルリンの壁の崩壊 同年のマルタ会談で米ソ首脳が冷戦終結を宣言。1990 ドイツ統一、1991 ソ連解体。
発展
- ア PKO 協力法 湾岸戦争(1991)で国際貢献が問われたことが背景。国連の平和維持活動に参加。
- ア バブル経済 1985 年プラザ合意後の円高・低金利で株価と地価が実体以上に高騰。崩壊後は不良債権・就職難。
受験のしらべ / https://juken-shirabe.pages.dev/koko/social/h-11/test/ / 問題は毎回の表示で数が変わります。印刷したものはその一例です。
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