鎌倉時代 ── 問題
基礎
- 鎌倉時代の新しい仏教のうち、曹洞宗を開いた人物と特徴はどれですか。 (ア 法然。「南無阿弥陀仏」の念仏を唱えれば極楽往生できると説いた イ 親鸞。阿弥陀仏を信じる心があれば悪人も救われる(悪人正機)と説き、農民に広まった ウ 道元。ひたすら座禅をする(只管打坐)ことを説き、永平寺を開いた エ 一遍。踊念仏で各地を巡って教えを広めた)
- 1232年の出来事はどれですか。 (ア 承久の乱(後鳥羽上皇が敗れる) イ 壇ノ浦の戦いで平氏が滅亡し、源頼朝が守護・地頭を置く ウ 源頼朝が征夷大将軍に任じられる エ 御成敗式目が制定される)
- 鎌倉幕府で、将軍が御家人に領地を保護・付与する「御恩」に対して、御家人が行う「奉公」の内容はどれですか。 (ア 京都や鎌倉の警備をし、戦いのときには命をかけて出陣する イ 年貢を将軍に納める ウ 荘園を将軍に寄進する エ 念仏を唱える)
- 鎌倉幕府が国ごとに置いた役職と、荘園・公領ごとに置いた役職の組み合わせはどれですか。 (ア 守護 ── 地頭 イ 地頭 ── 守護 ウ 国司 ── 郡司 エ 執権 ── 守護)
- 源氏の将軍が 3 代で途絶えたあと、将軍を補佐する役職として実権をにぎった北条氏の地位を何といいますか。 (ア 執権 イ 関白 ウ 管領 エ 老中)
- 御成敗式目について正しいものはどれですか。 (ア 1232 年に北条泰時が定めた最初の武家法で、御家人の裁判の基準となった イ 聖徳太子が定めた役人の心得 ウ 唐の律令を手本にした法律 エ 農民の年貢を定めた法)
標準
- 北条時宗に最も関係の深い出来事はどれですか。 (ア 元寇のとき執権として元の要求を拒否し、防衛にあたった イ 承久の乱のとき御家人に団結を呼びかけ、「尼将軍」と呼ばれた ウ 御成敗式目を制定した エ 幕府を倒そうと兵を挙げたが敗れ、隠岐に流された)
- 承久の乱の結果として正しいものはどれですか。 (ア 幕府が勝ち、京都に六波羅探題を置き、西国にも幕府の支配が広がった イ 朝廷が勝ち、幕府が滅亡した ウ 源氏が将軍に復帰した エ 元が日本に攻めてきた)
- 元寇のあと御家人が生活に困るようになった主な理由はどれですか。 (ア 多くの費用を自分で負担して戦ったのに、新しい領地をもらえなかったから イ 領地をすべて幕府に取り上げられたから ウ 元に支配されたから エ 農民が反乱を起こしたから)
- 元寇のときに元軍が使い、日本の武士が苦戦した戦い方や武器はどれですか。 (ア 集団戦法と火薬を使った武器(てつはう) イ 鉄砲 ウ 一騎打ち エ 大砲)
- 東大寺南大門の金剛力士像をつくった彫刻家はどれですか。 (ア 運慶・快慶 イ 定朝 ウ 鑑真 エ 雪舟)
- 琵琶法師によって語り伝えられた、平氏の興亡を描いた軍記物はどれですか。 (ア 平家物語 イ 源氏物語 ウ 方丈記 エ 徒然草)
発展
- 鎌倉時代の農業・商業の発達として正しいものはどれですか。 (ア 米の裏作に麦をつくる二毛作が広まり、月 3 回の定期市が開かれ、宋銭が使われた イ 輪作が始まり、年 6 回の六斎市が開かれた ウ 株仲間がつくられた エ 蔵屋敷が大阪に置かれた)
- 永仁の徳政令(1297 年)の内容はどれですか。 (ア 御家人が売ったり質に入れたりした土地をただで返させた イ 農民の年貢を免除した ウ 武士の借金をすべて認めた エ 商人に税をかけた)
鎌倉時代 ── 解答
基礎
- ウ 道元。ひたすら座禅をする(只管打坐)ことを説き、永平寺を開いた 念仏系(浄土宗・浄土真宗・時宗)、題目(日蓮宗)、禅宗(臨済宗・曹洞宗)の 3 グループで整理。
- エ 御成敗式目が制定される 1185 壇ノ浦・守護地頭 → 1192 征夷大将軍 → 1221 承久の乱 → 1232 御成敗式目 → 1274・1281 元寇 → 1297 徳政令 → 1333 滅亡。
- ア 京都や鎌倉の警備をし、戦いのときには命をかけて出陣する 土地を仲立ちにした主従関係(封建制度)。「いざ鎌倉」「一所懸命」。
- ア 守護 ── 地頭 守護は軍事・警察・御家人の監督、地頭は年貢の取り立てと土地の管理。
- ア 執権 執権政治。管領は室町幕府、老中は江戸幕府、関白は朝廷。
- ア 1232 年に北条泰時が定めた最初の武家法で、御家人の裁判の基準となった 武士社会の慣習をまとめた 51 か条。のちの武家法の手本。
標準
- ア 元寇のとき執権として元の要求を拒否し、防衛にあたった 北条氏は政子(頼朝の妻)→ 泰時(式目)→ 時宗(元寇)。朝廷側は後鳥羽上皇(承久・敗北)と後醍醐天皇(倒幕・成功)を区別。
- ア 幕府が勝ち、京都に六波羅探題を置き、西国にも幕府の支配が広がった 後鳥羽上皇は隠岐へ。上皇方の領地を取り上げて東国の御家人を西国の地頭に任じた。
- ア 多くの費用を自分で負担して戦ったのに、新しい領地をもらえなかったから 外国との戦いでは奪える土地がない。分割相続による領地の細分化、貨幣経済での借金も重なり、幕府は永仁の徳政令を出した。
- ア 集団戦法と火薬を使った武器(てつはう) 日本の武士は一騎打ちが中心。防塁(石塁)と暴風雨で撃退した。鉄砲は 1543 年伝来。
- ア 運慶・快慶 鎌倉文化の力強く写実的な作風。定朝は平等院の阿弥陀如来像(平安)、雪舟は室町の水墨画。
- ア 平家物語 「祇園精舎の鐘の声」。無常観。方丈記(鴨長明)・徒然草(吉田兼好)は随筆。源氏物語は平安。
発展
- ア 米の裏作に麦をつくる二毛作が広まり、月 3 回の定期市が開かれ、宋銭が使われた 牛馬耕・草木灰も普及。六斎市・座の発達は室町、株仲間・蔵屋敷は江戸。
- ア 御家人が売ったり質に入れたりした土地をただで返させた 御家人を救う目的だったが、借上(金貸し)が貸さなくなり、かえって経済が混乱した。
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