中3 社会 / 歴史 / h-10
昭和前期(世界恐慌・戦争)
この単元でできるようになること
- **世界恐慌(1929・ニューヨーク)**への各国の対応(アメリカ=ニューディール、イギリス・フランス=ブロック経済、ソ連=五か年計画、ドイツ・イタリア=ファシズム)を比べられる
- 日本の恐慌(金融恐慌・昭和恐慌・農村の困窮)と軍部の台頭(満州事変 1931 → 満州国 → 国際連盟脱退 1933、五・一五事件 1932、二・二六事件 1936)を説明できる
- **日中戦争(1937 盧溝橋事件・南京・国家総動員法 1938・大政翼賛会)と第二次世界大戦(1939 ドイツのポーランド侵攻・日独伊三国同盟・太平洋戦争 1941 真珠湾 → ミッドウェー → 学徒出陣・疎開・沖縄戦・原爆・ポツダム宣言受諾 1945.8.15)**の流れを説明できる
- 戦時下の生活(配給・勤労動員・植民地での動員・皇民化政策)が言える
入試での位置づけ
世界恐慌への対応の比較表(持てる国と持たざる国)、満州事変 → 国際連盟脱退の流れ、五・一五と二・二六の区別、国家総動員法の内容、**1945 年の出来事の順(3 月東京大空襲・4 月沖縄戦・8/6 広島・8/8 ソ連参戦・8/9 長崎・8/14 受諾・8/15 玉音放送)**が定番。
1. 世界恐慌と各国の対応
まずここだけ
1929 年 10 月 ニューヨーク・ウォール街の株価大暴落 → 世界恐慌(アメリカが世界経済の中心だったため各国へ波及・失業者の急増)。
| 国 | 対応 |
|---|---|
| アメリカ | ニューディール(新規まき直し)政策(ローズベルト大統領・公共事業(TVA)で雇用・労働者保護・農業調整) |
| イギリス・フランス | ブロック経済(本国と植民地で経済圏をつくり、高い関税で他国の商品をしめ出す)→ 植民地の少ない国が苦しむ |
| ソ連 | 五か年計画(スターリン・計画経済・恐慌の影響を受けず工業化) |
| ドイツ | **ナチス(ヒトラー)**が 1933 年政権 → ファシズム・ワイマール憲法停止・ユダヤ人迫害・再軍備・国際連盟脱退 |
| イタリア | ムッソリーニ(ファシスト党)・1935 エチオピア侵攻 |
ファシズム:民主主義・個人の自由を否定し、軍事力で領土拡大をめざす独裁体制。「持たざる国」(日・独・伊)と「持てる国」(米・英・仏)の対立。
2. 日本の恐慌と軍部の台頭
まずここだけ
- 1927 金融恐慌(銀行の取り付け騒ぎ)→ 1930 昭和恐慌(世界恐慌+金解禁)→ 農村は生糸の輸出減・米価下落・凶作で困窮(欠食児童・娘の身売り)→ 政党政治・財閥への不満 → 軍部が台頭。
- 1931 満州事変:関東軍が柳条湖で南満州鉄道を爆破(柳条湖事件)、中国軍のしわざとして軍事行動 → 満州全土を占領 → 1932 満州国建国(清の最後の皇帝溥儀を執政に・実権は日本)。
- 1932 五・一五事件:海軍の青年将校らが犬養毅首相を暗殺 → 政党内閣の終わり(「憲政の常道」が途絶)。
- 1933 国際連盟脱退:リットン調査団の報告で連盟が満州国を認めず撤兵を勧告 → 日本(松岡洋右)は脱退 → 国際的孤立。
- 1936 二・二六事件:陸軍の青年将校が部隊を率いて首相官邸などを襲撃(高橋是清らを殺害)→ 鎮圧されたが軍部の政治的発言力が強まる。
- 1936 日独防共協定 → 1937 日独伊防共協定。
3. 日中戦争と戦時体制
まずここだけ
- 1937 年 7 月 盧溝橋事件(北京郊外)→ 日中戦争(〜1945)。南京を占領(多数の中国人を殺害・南京事件)。中国は蔣介石(国民党)と毛沢東(共産党)が抗日民族統一戦線を結び、重慶から抵抗。援蔣ルート(米英の支援)。
- 1938 国家総動員法:政府が議会の承認なしに物資・人員を戦争に動員できる → 議会の無力化。
- 1940 大政翼賛会:政党が解散して一つに。隣組(配給・監視)。日独伊三国同盟(1940)。
- 生活:配給制・切符制(米・砂糖・衣料)、金属回収、勤労動員、「ぜいたくは敵だ」、言論統制、国民学校、皇民化政策(朝鮮・台湾で日本語・神社参拝・創氏改名、強制連行・徴兵)。
4. 第二次世界大戦と太平洋戦争
ここまでできれば十分
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1939.9 | ドイツがポーランドに侵攻(独ソ不可侵条約の直後)→ イギリス・フランスが宣戦 → 第二次世界大戦 |
| 1940 | ドイツがパリ占領。日独伊三国同盟。日本軍がフランス領インドシナ北部へ(援蔣ルート遮断・資源) |
| 1941.4 | 日ソ中立条約 |
| 1941 | アメリカが石油輸出を禁止(ABCD 包囲網:米・英・中・蘭)。日米交渉(ハル・ノート)決裂 |
| 1941.12.8 | ハワイ真珠湾攻撃・マレー半島上陸 → 太平洋戦争(東条英機内閣)。「大東亜共栄圏」を掲げ東南アジアを占領 |
| 1942.6 | ミッドウェー海戦で敗北 → 戦局が逆転 |
| 1943〜 | 学徒出陣・学童疎開・勤労動員(女性・中学生)。イタリア降伏(1943) |
| 1944 | サイパン島陥落 → 本土空襲が本格化 |
| 1945.3 | 東京大空襲(10 万人死亡)。ドイツ降伏(5 月) |
| 1945.4〜6 | 沖縄戦(県民の約 4 分の 1 が犠牲・ひめゆり学徒隊) |
| 1945.7 | ポツダム宣言(米英中・日本に無条件降伏を要求)→ 日本は黙殺 |
| 1945.8.6 | 広島に原子爆弾(約 14 万人) |
| 8.8 | ソ連が日ソ中立条約を破って参戦(満州・樺太・千島へ) |
| 8.9 | 長崎に原子爆弾(約 7 万人) |
| 8.14 | ポツダム宣言受諾を決定 → 8.15 玉音放送(終戦)→ 9.2 降伏文書調印 |
戦争の被害:日本人約 310 万人、アジアの人々約 2,000 万人。シベリア抑留、中国残留孤児、引き揚げ。ユダヤ人の虐殺(ホロコースト)・アンネの日記。杉原千畝(ビザ発給)。
5. よくある間違い
- ニューディールをイギリス(アメリカ・ローズベルト)/ブロック経済をアメリカ(英仏)
- 五・一五事件と二・二六事件の区別(五・一五=1932・海軍・犬養毅暗殺・政党内閣の終わり、二・二六=1936・陸軍・軍部の発言力増大)
- 満州事変と日中戦争のきっかけを入れ替える(満州事変=柳条湖、日中戦争=盧溝橋)
- 国際連盟脱退を満州事変の前(1933・リットン調査団のあと)
- 国家総動員法を 1941(1938)/太平洋戦争の開戦を 1939(1939 は第二次世界大戦・1941 が太平洋戦争)
- 原爆の順(8/6 広島 → 8/9 長崎)、ソ連参戦 8/8 を忘れる
- ポツダム宣言の参加国にソ連を入れる(米英中。ソ連は 8/8 参戦後に加わる)
6. 自己チェック
- 1929 世界恐慌:米ニューディール/英仏ブロック経済/ソ連五か年計画/独伊ファシズム
- 1931 満州事変(柳条湖)→ 1932 満州国・五・一五(犬養)→ 1933 連盟脱退 → 1936 二・二六
- 1937 盧溝橋 → 日中戦争 → 1938 国家総動員法 → 1940 大政翼賛会・三国同盟
- 1939 独ポーランド → 1941.12.8 真珠湾 → 1942 ミッドウェー → 1944 空襲 → 1945 沖縄・8/6・8/8・8/9・8/15
- 配給・疎開・学徒出陣・皇民化政策・創氏改名
7. 小テストへ
→ 小テスト(h-10)
関連する単元
- 前提:h-09 大正デモクラシー・国際連盟
- 次に進む:h-11 戦後の日本と現代
- ここで使う考え方が出てくる:c-02 平和主義・非核三原則、c-07 国際連合(連盟の失敗から)
参考資料
- 文部科学省『中学校学習指導要領(平成29年告示)解説 社会編』── 歴史的分野「C (1) 近代の日本と世界(第二次世界大戦と人類への惨禍)」
- 広島平和記念資料館・長崎原爆資料館 公式サイト── 投下日時・被害者数の推計
- 国立公文書館アジア歴史資料センター「ポツダム宣言」「終戦の詔書」(https://www.jacar.go.jp/)
- 沖縄県平和祈念資料館── 沖縄戦の犠牲者数
受験のしらべ / https://juken-shirabe.pages.dev/koko/social/h-10/ / 更新 2026-09-12