高1 / 歴史総合 / ht-09

更新 2026-09-13

第二次世界大戦と日本の敗戦

この単元でできるようになること

入試での位置づけ

日本が開戦を決めた要因(石油禁輸・ハル=ノート)と南進の資源目的」「大東亜共栄圏の理念と実態のずれ」「沖縄戦・原爆・ソ連参戦の順序と終戦の決定」「ヤルタ協定の内容(ソ連の対日参戦・千島)」が定番。年月(1939.9・1941.12・1945.8)を軸に、日本と世界を並べておさえます。


1. ヨーロッパの大戦

まずここだけ

年月出来事
1939.8独ソ不可侵条約(秘密議定書でポーランド分割・バルト 3 国をソ連へ)
1939.9.1ドイツのポーランド侵攻 → 9.3 英仏がドイツに宣戦 → 第二次世界大戦。ソ連もポーランド東部・フィンランド(冬戦争)へ
1940.4〜6ドイツがデンマーク・ノルウェー・オランダ・ベルギーを制圧、パリ占領 → フランス降伏(6 月)。ヴィシー政府(ペタン)、ド=ゴールがロンドンで自由フランス。イタリア参戦チャーチル首相のイギリスはバトル=オブ=ブリテン(空中戦)で持ちこたえる
1940.9日独伊三国同盟
1941.3アメリカ武器貸与法(中立から連合国支援へ)
1941.6独ソ戦開始(バルバロッサ作戦、不可侵条約を破る)→ ソ連が連合国側に。レニングラード包囲
1941.8大西洋憲章(ローズヴェルト・チャーチル:戦後構想、領土不拡大・民族自決・自由貿易 → 国連憲章の土台)
1942.1連合国共同宣言(26 か国)
1942.7〜43.2スターリングラードの戦い(ドイツ軍降伏 → 独ソ戦の転換点)
1943.9イタリア降伏(ムッソリーニ失脚)。カイロ会談(11 月:米英中、対日方針:満州・台湾の中国返還、朝鮮の独立)、テヘラン会談(米英ソ:第二戦線)
1944.6.6ノルマンディー上陸作戦(アイゼンハワー)→ 8 月 パリ解放
1945.2ヤルタ会談(ローズヴェルト・チャーチル・スターリン):ドイツの分割占領、国連の設立、ソ連の対日参戦(ドイツ降伏の 3 か月後)と南樺太・千島の引き渡し(秘密協定)
1945.4〜5ベルリン陥落、ヒトラー自殺(4.30)、ドイツ無条件降伏5.8

ホロコースト:ナチスによるユダヤ人の組織的虐殺(アウシュヴィッツなど強制収容所、約 600 万人)。ロマ・障害者・同性愛者・政治犯も。アンネ=フランクの日記。戦後のニュルンベルク裁判で「人道に対する罪」。 レジスタンス(占領下の抵抗運動:フランス・ユーゴのティトー)、都市への無差別爆撃(ロンドン・ドレスデン → 東京・広島)。


2. 日本の南進と日米交渉

まずここだけ

年月出来事背景・意味
1939.7アメリカが日米通商航海条約の廃棄を通告日中戦争への抗議。日本は石油・鉄の 7〜8 割をアメリカから輸入
1940.6フランス降伏バスに乗り遅れるな」→ 東南アジアの欧州植民地(仏印・蘭印)への進出論
1940.9北部仏印進駐日独伊三国同盟援蔣ルート遮断と南進の足場。アメリカは屑鉄・航空機用ガソリンの禁輸
1940.10大政翼賛会
1941.4日ソ中立条約(松岡洋右)、日米交渉開始(野村吉三郎・ハル)北方の安全を確保して南進
1941.6独ソ戦開始北進論(対ソ戦)vs 南進論 → 7 月 御前会議で南進決定(関特演も)
1941.7南部仏印進駐アメリカは在米日本資産凍結・石油の全面禁輸(英・蘭も)→ 「ABCD 包囲陣」。石油の備蓄は約 2 年分
1941.9帝国国策遂行要領(10 月上旬までに交渉がまとまらなければ開戦)近衛内閣総辞職 → 東条英機内閣(10 月)
1941.11.26ハル=ノート中国・仏印からの全面撤兵、満州国・汪政権の否認、三国同盟の空文化を要求 → 日本は最後通告と受け取る
1941.12.8真珠湾攻撃(ハワイ)とマレー半島上陸(実際はマレーが先)→ 太平洋戦争(日本の呼称:大東亜戦争)。米英に宣戦。12.11 独伊が米に宣戦 → 世界大戦が一体化自存自衛」と「大東亜新秩序」を名目

なぜ開戦したか:①石油禁輸で「座して死を待つより」②中国からの撤兵は軍の威信と犠牲から受け入れられなかった ③ドイツの勝利を期待 ④短期決戦で有利な講和(実際は長期戦に)。避けられた機会(撤兵・三国同盟回避)があったかが論点。


3. 太平洋戦争の経過

まずここだけ

年月出来事
1941.12〜42.5開戦半年の快進撃:香港・マニラ・シンガポール(2 月)・蘭印(石油)・ビルマを占領
1942.6ミッドウェー海戦:主力空母 4 隻を失い攻守が逆転
1942.8〜43.2ガダルカナル島の戦い:消耗戦で撤退(「転進」)。制海権・制空権を失い、輸送船が沈められ南方の資源が届かない
1943.2(独がスターリングラードで降伏)
1943.11大東亜会議(東京:満州国・中国(汪)・タイ・フィリピン・ビルマ・自由インド)
1943.10学徒出陣(文系大学生の徴兵)
1944.7サイパン島陥落 → 本土空襲が可能に(B29)、東条内閣総辞職
1944.10レイテ沖海戦特別攻撃隊(特攻)の開始
1945.3.10東京大空襲(一晩で死者 約 10 万)。全国の都市が焼夷弾で焼かれる。硫黄島陥落
1945.4〜6沖縄戦:唯一の住民を巻きこんだ地上戦、県民の 4 人に 1 人(約 12 万)が死亡、集団自決、鉄血勤皇隊・ひめゆり学徒隊。6.23 組織的戦闘終結
1945.5ドイツ降伏 → 日本は単独で戦う。本土決戦準備(国民義勇隊)
1945.7.26ポツダム宣言(米英中 → のちソ):日本への無条件降伏要求、軍国主義の除去・占領・民主化・領土の限定。鈴木貫太郎内閣は「黙殺」
1945.8.6広島に原子爆弾(死者 約 14 万、年末まで)
1945.8.8ソ連が対日宣戦(日ソ中立条約を破り満州・朝鮮・南樺太・千島へ侵攻)。シベリア抑留(約 57 万人)、中国残留孤児
1945.8.9長崎に原子爆弾(死者 約 7 万)
1945.8.14御前会議でポツダム宣言受諾を決定(天皇の「聖断」、国体護持を条件)
1945.8.15玉音放送(終戦の詔書)
1945.9.2降伏文書に調印(東京湾ミズーリ号)→ 正式な終戦

戦争の犠牲:日本人 約 310 万(軍人 230 万・民間 80 万)、アジア全体で 2,000 万前後(中国 1,000 万以上)、世界で 5,000〜8,000 万。


4. 大東亜共栄圏とアジア・国民生活

ここまでできれば十分


5. 戦後構想と国際連合

ここまでできれば十分


6. 年表(軸)

年月ヨーロッパ・世界日本・アジア
1939.9大戦開始
1940.6フランス降伏9 月 北部仏印進駐・三国同盟
1941.6独ソ戦4 月 日ソ中立条約、7 月 南部仏印進駐 → 石油禁輸
1941.12真珠湾 → 太平洋戦争
1942.6ミッドウェー
1943.2スターリングラードガダルカナル撤退
1943.9〜11イタリア降伏・カイロ会談学徒出陣・大東亜会議
1944.6ノルマンディー7 月 サイパン陥落
1945.2ヤルタ3 月 東京大空襲
1945.4〜5ドイツ降伏(5.8)沖縄戦
1945.7ポツダム
1945.88.6 広島・8.8 ソ連参戦・8.9 長崎・8.14 受諾・8.15 終戦
1945.9〜10国際連合発足(10.24)9.2 降伏文書

7. よくある間違い


8. 自己チェック

  1. ポーランド → フランス降伏 → 独ソ戦 → スターリングラード → ノルマンディー → ドイツ降伏の年月を言えるか
  2. 北部仏印・三国同盟 → 南部仏印・石油禁輸 → ハル=ノート → 真珠湾の流れと、開戦の理由を言えるか
  3. ミッドウェー → ガダルカナル → サイパン → 空襲 → 沖縄 → 原爆・ソ連参戦 → 受諾の順を言えるか
  4. 大東亜共栄圏の理念と実態、国民生活の統制を言えるか
  5. カイロ・ヤルタ・ポツダムの内容を言えるか
  6. 国際連合が連盟の失敗をどう直したかを言えるか

9. 小テストへ

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参考資料

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